993について書きましたが、それに付随して思うこともあります。
やはり、成功モデルのモデルチェンジは難しいと思います。世の中は常に変わり続け、環境問題や法規制の改正にも対応しなくてはなりませんし、そうなると必然的に車が大きくなったり余分なものを取り付ける必要も出てくると思います。
しかし、ここで考えます。
例えば衝突安全基準をクリアするために大きくなったボディ、これは(純粋に走るための道具としての)自動車的に言うとマイナスと考えられます。各種エアバッグもそうですね。触媒なんかもそうです。
しかし、視点を変えて、自動車を社会の一員として見た場合。とうぜん触媒は必要ですし、ぶつかっても乗員を保護してくれるボディ、エアバッグは必須です。万が一、人に当たってしまった場合に、人へ対する衝撃を緩和する配慮も必要です。
ものごとには必ず2面性というものがあり、それはまるでコインの表裏のようです。ある人には邪魔と思えるものでも、またある人にとっては必要かもしれません。その逆も然りです。
ぼくたちを取り巻く環境が変わり、人が変わり、ぼくたちの望むものも変わります。その中で、車も変わり続けることが常に要求されます。そして、モデルチェンジされる度に失うものも少なからず存在します。技術的には問題なくても、企業としては造れないものが出てくるわけです。それはコスト面から、もしくは企業としての社会的責任からであったりします。そういった、「失われたもの」は何かを補うことで回復させるのが難しい場合があり、それを取り戻すことはできない場合が大半です。
失われたもの、ぼくたちはそこに思いを馳せ、そして失われたものを備える車たちを憧憬の念を持って見つめるのかもしれません。
※現行モデルでも、十分にそういった雰囲気を持つ車もありますよね。唯一無二の存在(さまざまな方向性で)がそうであると思います。他の車にはない、その車にしかない危うさがぼくたちを魅了するのでしょう。