
自殺対策キャンペーン「GKB47」ですが、様々な声が上がっているようですね。
8割強が「問題アリ」というリサーチ結果があるようで、内閣府の自殺対策推進会議委員からも「自殺という重たいテーマなのに(安易にブームにあや かるのでは)軽い感じがする」という意見が出ているようです。
このキャンペーンの狙いですが、「自殺を考えている人を思いとどまらせる」のか「自殺しようと考えている人が周りにいないかどうかを見直して自殺 を防ぐ」のかは不明でありますが、それによっても少し意味合いが変わると思うのですね(検索しても否定的な意見で占められて目的の情報にたどり着 けない。このほうが問題かも)。
ネーミングは安易でありますが、現在これだけ話題になっていることを考えると、後者の目的の場合、もしかするとキャンペーンの存在を知らしめたと いう意味では、「効果アリ」だったかもしれません。
今まで「自殺は自殺」という、重苦しい雰囲気があったために、それと向きあおうという人が少なかったのだとしたら。「自殺は遠い世界のことで自分 とは無関係」と考えていた、そういった人を振り向かせるには少しでも意義があったのではないかと考えるのですね。
「死」という、ある種「タブー」なテーマではありますが、タブーをタブーとして扱うと、そこには普遍性といったものが介在する余地がなくなってし まうため、それを「陽のあたる場所」までひっぱりださねば、多くの人が考えるきっかけにはならないのではと考えることがあるのです。
「自殺はタブーであり重いテーマだから、軽々しく考えちゃいけない。もっと真剣に考えよう」と捉えるのか、「自殺は(考えもしなかった)誰にでも 起こりうる。隣の人にも、家族にも起こりうる。自分とは無関係ではなく、ちょっとだけでも自殺について考えてみよう」と捉えるのか。
軽い、しかし安易なネーミングだからこそ親しみやすく、かつ(意図しない方向であったとしても)ニュースにもなりやすく、自殺防止キャンペーンと いうものが存在すること、その背景には多くの自殺者がいること、自殺者を出してしまう社会情勢や環境、そして様々な要因があること、について世に 知らしめる契機になったのではないか、という見方もできるのです。
少なくともぼく自身については、今までこのようなキャンペーンがあったことを知りませんでしたが、今こうやって自殺について考えてみたこと、13 年連続で(日本の自殺者が)3万人を超えていること、20代と30代においては死因のトップであること、をこれをきっかけに知ったわけです。
BMWがクリス・バングルをデザイナーとして起用したとき、当初さんざんな言われようでしたが、彼がこのような意図の発言を行ったことを覚えてい ます。
「皆さん、ぼくのデザインがやりすぎだなんだって、拒否反応を示していますよね。でも、結局はぼくのデザインを覚えているでしょう?」